堺市立町家歴史館 清学院の展示替えを行いました!

堺市立町家歴史館 清学院では、令和6年3月のリニューアルオープン以来、河口慧海のご子孫の方から寄託された河口慧海関係資料の展示を行っています。

河口慧海は、現在の堺区北旅籠町西3丁で生まれ、仏典の探求、収集及び将来を志して、日本人として初めてヒマラヤ山脈を越え、厳重な鎖国下にあったチベットの都ラサに入った人物です。そのインド・ネパール・チベット旅行は『西蔵旅行記』として刊行され、現在も登山家を中心に多くのファンを魅了しています。

清学院は幕末から明治維新期にかけて、清光堂という寺子屋を営んでおり、河口慧海も一時期学んでいました。正に、河口慧海ゆかりの地と言えるのです。

 

12月24日(水)からは以下の3点の資料を展示しています。

 

①慧海が収集した写真絵葉書(1897-1915年頃、個人蔵)

2度にわたる、インド・ネパール・チベット旅行の間に、慧海は様々な絵葉書を収集しました。雄大なヒマラヤ山脈や、そこで暮らす人々、インド仏跡である祇園精舎など、様々な風景が収められています。

 

②雪山歌旅行(1913-1914年頃、個人蔵)

第2回インド・ネパール・チベット旅行時に慧海が記していた旅日記です。日記の各所に、慧海が折々に詠んだ歌が散りばめられています。第1回の旅行時に比べて緊迫感は薄く、旅情あふれる紀行文の趣を感じることができます。

 

③日誌及修学記(1907-1909年頃、個人蔵)

河口慧海が第2回インド・ネパール・チベット旅行中、ベナレスに滞在していた時期の日誌・手記と梵語の訳読練習が交互に記されています。梵語の訳読には、4~5世紀に活躍したインドの大詩人カーリダーサの「メーガ・ドゥータ」(雲の使者)などが選ばれています。

 

是非、慧海ゆかりの実物資料を見に、清学院をご訪問ください。

 

施設に関するお問合せ

鉄炮鍛冶屋敷/清学院(共通) 電話・FAX:072-228-1501